30年続いた割引の終わり
相続税を計算する時、不動産には割引が付いてきた。取得から5年以内に相続が起きた賃貸物件なら、購入価格の8割で評価すればいい——というルールだ。これは単なる計算の便利さではない。賃貸物件は裸の土地ではなく、借家権が付き、減価償却がかかり、管理コストが乗る。だから市場価格より安い。その理屈から生まれた割引である。
一棟500万円のマンションを購入して1年後に相続が起きれば、その物件の相続税評価額は400万円になる。100万円の節税。これが家族資産の相続計画の要だった。取得から5年、市場価格の8割——この計算は不動産ポートフォリオ全体で見ると、相続税の負担を大きく左右する。
そのルールが2027年1月1日で終わる。
国税庁9月18日の通達案:何が変わるのか
9月18日、国税庁は「貸付用不動産の評価について」の法令解釈通達案を公表した。e-Gov(電子政府の総合窓口)の案件番号410080055として登録され、意見募集は10月18日17時(日本標準時)に締め切られる。
新しいルールは単純だ。相続日の前5年以内に購入した賃貸物件(一棟もの、複数戸も対象)は、もはや取得価額の8割では評価しない。その相続時点における時価で評価する。路線価と借家権控除で組み立てた従来の計算方法ではなく、市場の値段である。
ただし書きは一つだけだ。その購入時点で既に市場価格だったことが証明できれば、8割評価の計算式が使える。だが立証負担は重い。購入時の不動産鑑定書、市場データ、取引記録——国税庁はこれらをチェックする。相続が起きるまで5年間、その書類を保管しておく家族資産はほぼいない。
一棟マンション評価の計算式や減価償却の詳細については、国税庁の通達案のテクニカルな解説を「一棟賃貸マンションの相続税評価」で扱った。
年末までの4ヶ月、家族資産の再構成が急ぐ
2022年から2026年に賃貸物件を買った家族資産にとって、変化は即座にしてシンプルだ。2023年に2億円で買った物件は、時価2億円なら評価も2億円。かつての1億6000万円ではない。相続税計算の基礎が1割上がる。
この変化はもう挙動を変えている。税理士は家族資産からの相談が急増したと報告している。その資産の選択肢は三つだ。(1)年末までに売却する、(2)賃貸から自用へ構造を変える、(3)税負担が増えるのを受け入れる。
いくつかの家族資産は既に決断を始めた。賃貸マンションの一部を所有者自身の住居に転換する。財務上の合理性より、税効果を優先する選択だ。その背景には、10月18日以降、この選択肢そのものが消えるという現実がある。
相続税評価ルール全体の収斂トレンド
この変化は孤立していない。過去18ヶ月、国税庁は複数の資産クラスの評価方法を見直している。それは一貫したメッセージを送っている。
2024年9月、不動産特定共同事業による小口化商品の評価が見直された。それまで90%の割引が、95%の下限に変わった。資産家が小口化商品に資金をシフトさせて税効果を狙う道が狭まった。2026年3月には、自社株の「残余利益方式」による評価が改定された。国税庁は1378社の試算例を公表し、従来の方法でどの企業規模、利益率で評価が過大だったか、過小だったかを示した。いずれも、計画的な節税の隙間を塞ぐ改正だ。
メッセージは明確だ。評価割引は公正な資産価値の計算であって、計画的な節税の道具ではない。市場データがそれを支持しなければ、割引は終わる。
相続計画の転機:期限と選択
パブリックコメントの締め切りは10月18日17時(日本標準時)。実務的には、国税庁の原案は既に確定している。ここからは細部の修正であって、根本的な変更ではない。相続税専門家の間に異論はない。
賃貸物件ポートフォリオが大きい家族資産にとって、残された時間は4ヶ月だ。2026年12月31日までに相続が起きるか、2022年より前に取得した物件か——その双方が条件になる。この日付を過ぎると、その選択肢は消える。
相続税制の改正は遠い話ではなく、年末年始をまたぐ家族資産の再構成を迫っている。租税回避と家族の実需(賃貸経営の継続か、流動性の確保か)の間で、資産家の判断は分かれている。ただ、期限は固い。10月18日の意見募集が閉じれば、その日が計画の起点になる。