9月16日に出た資料

国税庁(National Tax Agency、日本の税務を所管する中央機関)は9月16日、「第6回 取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」の配付資料を審議会・研究会等のページに掲載した。29ページ。会議そのものは非公開だが、各回の資料は開催当日に公表する運用で、これは令和8年4月16日の開催通知に書かれている。今回、初めて検討中の新しい評価方法を実際の申告データに当てはめた数字が入った。

検討されているのは「残余利益方式」である。企業の価値を、簿価の純資産に、株主の期待を上回る利益(残余利益)を予測期間の分だけ足して測る考え方で、会計の世界では企業価値評価の標準的な道具のひとつだ。国税庁はこれを、税務上の画一性と簡便性のために一定の修正を加えた形で使う案を示している。

資料の構成は五つ。残余利益方式の各論(使う帳簿、加算期間、減損、利益操作への対応など)、特定の評価会社、純資産価額方式、還元率、配当還元方式。還元率と配当還元方式は「第7回会議以降での想定論点」に送られた。

1,378社を並べ直した数字

資料の中心は9ページと10ページの試算表である。令和2年分から5年分の相続税と贈与税の申告のうち、取得した財産に取引相場のない株式があるものから無作為に抽出し、類似業種比準価額と純資産価額の両方を算出している1,378社について、残余利益方式(加算期間5年、還元率8%と仮定)の評価額を計算し、会社規模ごとの中央値を現行と比べている。抽出元は会計検査院と国税庁が実施した実態把握の対象申告データ4年分、と注記されている。

現行の申告評価額の中央値を100としたときの増減はこうなる。斟酌率(しんしゃく率。資料の表記は斟酌率)1.0で全体プラス28.1%、0.9でプラス15.2%、0.8でプラス2.3%、0.7でマイナス10.4%。ところが規模別に割ると方向が分かれる。大会社(128社)は1.0でプラス114.7%、0.8でプラス71.7%、0.7でもプラス50.3%。中会社(820社)は1.0でプラス40.2%、0.8でプラス12.1%、0.7でマイナス1.9%。小会社(430社)は1.0でマイナス1.9%、0.8でマイナス21.8%、0.7でマイナス31.6%である。

もう一枚は「現行の申告評価額以下になる会社の割合」を見ている。全体では斟酌率0.8で48.6%。小会社は0.8で67.9%、0.7で78.4%が下がる。だが大会社でも0.8で24.2%、0.7で28.1%が下がる。つまり「大会社は上がり、小会社は下がる」はあくまで中央値の話で、どの区分にも逆方向の会社が2〜3割以上いる。

水準の置き方も資料は明示している。純資産価額を100とした場合、現行の評価額は全体58.2、大会社38.2、中会社53.4、小会社63.8。ROEの中央値は全体1.8%、大会社3.9%、中会社2.1%、小会社0.6%。大会社の残余利益方式は斟酌率0.8で63.8となり、「現行の小会社の評価水準とほぼ同じ位置に来る」と資料自身が書いている。

現行の物差しと、その綻び

現行は財産評価基本通達(評価通達、昭和39年の国税庁長官通達)で決まる。会社規模で三つに分ける。大会社は類似業種比準方式(上場する類似業種の株価に、配当・利益・簿価純資産の比準割合を掛け、規模別のしんしゃく割合0.7を乗じる)、中会社は類似業種比準価額と純資産価額の併用、小会社は純資産価額方式。納税義務者の選択で純資産価額方式に寄せられ、これが事実上の上限になっている。土地には路線価と基準地価という二つの公開された物差しがあるが、株式にはそれがない。だから国税庁が自前で1,378社を並べる必要があった。

出発点は会計検査院(Board of Audit、国の会計を検査する機関)の令和5年度決算検査報告(令和6年11月)である。報告は令和2年・3年分の申告から層化抽出した延べ1,785社を調べ、類似業種比準価額の中央値(11,622円)が純資産価額の中央値(42,648円)の27.2%にとどまること、純資産価額に対する申告評価額の割合の中央値が大会社0.32倍・中会社0.50倍・小会社0.61倍と規模が大きいほど低いこと、配当還元方式の還元率10%が昭和39年から約60年見直されていないことを指摘し、国税庁に検討を求めた。国税庁がこれに応じて設置したのがこの会議で、第1回は令和8年4月20日である。

決まっていないことのほうが多い

適用開始時期は、9月16日の資料にも開催通知にも書かれていない。財産評価基本通達は法律ではなく国税庁長官の通達なので、改正は通達自身が示す日から効く。正式な通達改正案と意見公募はまだ出ていない。

議論も割れている。8月20日の第5回会議の議事要旨には、提出された意見書の説明として、評価体系全体の見直しに疑問を呈する趣旨の発言が記録されている。一定規模以上の中小企業で評価額が現行の2倍から5倍近くに達するとの試算が紹介され、事業承継への配慮を求める声、オペレーティングリースへの対応はまず法人税側で行うべきだという声も並ぶ。国税庁側の説明も要旨に残っている。総則6項の適用事案は平成27年から令和6年分までで27件(不動産13件、株式14件)にとどまるが、適用件数が少ないことをもって通達を見直す必要がないことにはならない、という趣旨である。

利益操作への対応案は具体的だ。オペレーティングリースは「なかったもの」として損益と純資産の両方を修正する。代表者の親族への役員報酬は、経営の対価を上回る部分の一定割合を損金から控除する。役員退職慰労金は利益の計算では戻すが、純資産は修正しない。完全支配関係にある子会社への資産移転は、完全支配株式に限って適正な価額に修正する。

特定の評価会社の扱いも動く。土地保有特定会社と株式等保有特定会社を整理統合し、資産管理会社の判定を特定資産合計額の総資産比で簿価ベースに行う案。開業後5年未満、休業中、清算中の会社には残余利益方式を使わず純資産価額方式による案。従業員持株会の固定価格株式の扱いも論点に残っている。

そして、いまの制度にある逃げ道そのものが議題になっている。原則的評価方式の額が純資産価額を上回るとき、納税義務者の選択で純資産価額方式に切り替えられる——事実上の上限である。資料はこの取扱いの存置の可否を「純資産価額方式の選択適用(実質の頭打ち)」として整理し、次回以降の純資産価額方式の各論で引き続き検討するとした。上限が残るのか外れるのかで、同じ会社の評価額は二桁%動く。

香港の読者にとって、これは何か

香港には相続税がない。2006年に遺産税を廃止して以来、資産を評価して申告する手続きに日常的に向き合う習慣がない。ところが、日本のオペレーティング会社の株式や、日本法人をぶら下げた持株会社の株式を家の資産に持っている場合、その評価は日本の通達が決める。評価額は申告の基礎だから、方式が変われば税額が動く。香港側のファミリーオフィスが持っている情報は、日本の申告書の中身に及んでいないことが多い。

しかも今回は、日本の税務当局が、オーナー経営の家族グループが実際に使ってきた道具を名指しで並べている。オペレーティングリース、親族への役員報酬、役員退職慰労金、完全支配関係にある子会社への資産移転。日本の税理士に毎期の申告を任せている家族でも、これらの取引が評価の資料でどう扱われるかまでは追っていない。評価額が2倍近く動く区分があるのだから、相続の時期が読めるなら、改正の前後どちらで何が起きるかを先に確かめておく価値はある。日本に資産を置く読者の実務では、国外財産調書の5,000万円の線と申告の実務も同時に走っている。

次に見るもの

次の関門は国税庁のページである。第6回の議事要旨はまだ掲載されていない。開催通知の運用どおりなら、会議終了後に公開される。第7回の資料では還元率と配当還元方式が議題に上がる予定で、還元率を一律の値のままでよいのか、上場と非上場の差をどう織り込むのかが問われる。そのあとに財産評価基本通達の改正案と意見公募が続く。

適用開始の日は、改正通達自身が決める。それが公表されるまで、自社株の評価額は今日の通達で計算し、来期の数字は前提を置いて読むしかない。資料が出たら、まず1,378社の表のどこに自分の会社の区分が入るかを確かめればよい。判断を急ぐ理由はないが、順序は決まっている。