一つの土地に、二つの公的な値段
2026年、東京の都心の土地には、公的な値段が二つ付いている。ひとつは国税庁(National Tax Agency、日本の税務を所管する中央機関)が7月1日に公表した路線価で、基準日は1月1日である。もうひとつは国土交通省(MLIT、国交省)が9月16日付で公表した基準地価で、基準日は7月1日。どちらも一次資料として公開され、どちらも「この土地は幾らか」に答えようとしている。答え方が違う。
路線価は相続税と贈与税の申告のために置かれる。基準地価は、国土利用計画法施行令第9条に基づいて都道府県知事が毎年7月1日時点の標準価格を判定するもので、土地取引の規制にかかる価格審査や、地方公共団体が用地を取得するときの価格算定の規準になる(いずれも国交省の説明)。税務の物差しではない。
税務署が読むのはどちらか
答えは路線価である。国税庁のタックスアンサー No.4604「路線価方式による宅地の評価」は対象税目を相続税・贈与税と明記し、計算方法を示す。路線価とは、その道路に面する標準的な宅地の1平方メートル当たりの価額で、千円単位で表示される(同)。実際の評価額は、正面路線価に奥行価格補正率を乗じ、側方路線や裏面路線があれば影響を加算し、最後に地積を掛けて出す(同、根拠は評基通13から18)。路線価は土地の値段そのものではなく、道路ごとに置かれた単価である。
では地価公示は何か。国交省は地価公示(地価公示法に基づき国土交通省土地鑑定委員会が毎年1月1日時点の標準地の正常な価格を判定し3月に公示するもの)の役割として、一般の取引の指標、不動産鑑定の規準、公共事業用地の取得価格算定の規準、土地の相続評価および固定資産税評価の基準、国土利用計画法による価格審査の規準を並べている。路線価はこの地価公示価格を基に置かれる。順序は、1月1日の地価公示、それを参照した路線価、7月1日の基準地価である。
路線価が定められていない地域は、固定資産税評価額に評価倍率を乗じる倍率方式で評価する(国税庁)。税務評価から逃れられる土地はない。方式が変わるだけである。
8割目途は設計であって、法則ではない
国税庁は路線価等について「1月1日を評価時点として、1年間の地価変動などを考慮し、地価公示価格等を基にした価格の80%程度を目途に定めています」と説明する(令和8年分の路線価等について、7月1日公表)。8割という数字はここから来ている。ただしこれは設計水準の話であって、地点ごとの決まりではない。
全国の水準はどう動いたか。全宅連(全国宅地建物取引業協会連合会)が7月1日付で出したコメントによれば、令和8年分の標準宅地の評価基準額の全国平均は前年比+2.9%で5年連続の上昇、上昇率は前年を上回り、上昇した都市は36に増えた。同コメントは、日銀の政策金利が31年ぶりの1%に上がったことと建築費・資材価格の上昇を並べ、住宅取得の現場は厳しいと書く。税務評価の物差しは全国で上がっている。東京の都心はその中で最も速い側にある。
港区と銀座で並べる
次の表は、国税庁東京国税局が公表した令和8年分の各税務署の最高路線価(基準日1月1日、7月1日公表)と、東京都財務局が公表した令和8年の基準地価(基準日7月1日、9月16日付公表)を、同じ地区の最寄り公表地点で突き合わせたものである。路線価は道路に面する標準的な宅地の単価、基準地価は標準地という個別の地点の価格で、同じ物件を指す数字ではない。それでも桁と方向は読める。
- 中央区銀座:最高路線価は銀座5丁目 銀座中央通りで5,336万円/㎡(前年比+11.0%、前年4,808万円)。最寄りの基準地価は銀座2-6-7の5,250万円/㎡(同+11.9%)。比率は101.6%。
- 千代田区丸の内・有楽町:最高路線価は有楽町2丁目 晴海通りで2,752万円/㎡(同+2.7%)。最寄りの基準地価は丸の内3-3-1の2,820万円/㎡(同+3.3%)。比率は97.6%。
- 港区新橋:最高路線価は新橋2丁目 新橋西口駅前広場通りで1,616万円/㎡(同+5.2%)。最寄りの基準地価は新橋1-18-16の1,540万円/㎡(同+5.5%)。比率は104.9%。
3地点の比率は97.6%から104.9%の間に収まる。80%ではない。しかも銀座と新橋では、1月1日基準の路線価が7月1日時点の基準地価を上回っている。国税庁が80%程度を目途とするのは地価公示価格に対する設計水準であり、路線価と基準地価の比を決める数字ではない。評価の現場では、奥行価格補正率や側方路線影響加算率のように地積と形に応じて単価を増減する調整が入るから、個別の土地の評価額は路線価そのものから動く。さらに路線価図には借地権割合がAからGの記号で添えられ、90%から30%までの幅で表示される(国税庁、路線価図の説明)。8割は平均の設計値であり、市場の頂点では二つの値がほぼ同じ数字になる。
半年でどこまで動いたか
東京都は、地価公示の標準地と同一地点である基準地を216地点公表している。この共通地点では、1月1日の公示価格と7月1日の基準地価を直接比べられる。東京都財務局の令和8年データで都心を拾うと、港区赤坂1-14-11が公示7,110,000円/㎡から基準地価7,500,000円/㎡へ、半年で5.5%上がった。この地点の前年比は+16.6%で、7月1日時点の住宅地として全国最高値にあたる。港区六本木5-13-1は3,290,000円から3,520,000円へ+7.0%、千代田区六番町6-1外は5,300,000円から5,700,000円へ+7.5%である。
区部全体では、住宅地の平均変動率が8.7%(前年8.3%)、商業地が13.3%(前年13.2%)、都心5区の住宅地は13.2%、商業地は13.5%だった(東京都、9月15日発表・9月16日付公表)。港区の住宅地は16.3%で都内の区で最も高く、前年の13.7%から伸び幅を広げている。全国では基準地が21,466地点、全用途平均の上昇率は1.5%、住宅地1.0%、商業地2.9%。東京圏は全用途5.4%、住宅地4.0%、商業地8.9%である(国交省、令和8年都道府県地価調査の概要)。この基準地価を市場の読みとして使う方法と地点ごとの水準は、東京のプライム住宅、香港ピークと何が違うのかとTokyo prime land: Minato leads, Marunouchi lagsが扱っている。本稿の主題は税務評価の側である。
ここで設計値の算術をひとつ。赤坂1-14-11の1月1日の公示価格は7,110,000円/㎡だから、8割目途どおりに置かれたとすれば路線価は約5,688,000円/㎡になる。7月1日の基準地価7,500,000円に対して75.8%。半年の市場の動きだけで、この比は4ポイント以上下がった計算になる。
売らずに受け継ぐ家にとって
香港と東京に資産を分けて持つ家にとって、東京の土地は二つの物差しで読まれる。売るときの値段は基準地価と取引価格であり、受け継ぐときの値段は路線価である。税務署が申告書で読むのは路線価だけで、基準地価は税の根拠にはならない。だから相続の準備で見るべき数字は、市場が何と言ったかではなく、国税庁がその年の1月1日時点で何と置いたかである。
二つの値が離れていること自体は、持ち続ける家にとって一方向の損得ではない。評価額が市場より低ければ相続税の負担は軽い。ただしその差は固定されない。路線価は毎年7月1日に更新され、その年の地価公示を参照して置き直される。市場が上がり続ければ、税務評価は1年遅れで追いかけてくる。今年の差は来年も残る差ではない。9月の基準地価が示したのは水準ではなく速度であり、都心5区の住宅地で13.2%、港区で16.3%という速さは、来年7月の路線価が置き直される根拠になる。
円建ての評価額は、香港ドルに直すともう一度動く。本誌の画面のレート(2026年9月18日23時15分UTC時点)は1ドル157.89円、1ドル7.8449香港ドル。赤坂1-14-11の基準地価7,500,000円/㎡は約372,600香港ドル/㎡、平方フィートに直すと約34,600香港ドルである。銀座2-6-7の5,250万円/㎡は約2,608,500香港ドル/㎡、平方フィートで約242,300香港ドルになる。税務評価と市場価格の差に、為替の差がもう一段乗る。
次に読む日付
順番は決まっている。2027年3月の令和9年地価公示、それを参照して2027年7月1日に公表される令和9年分の路線価、2027年9月の令和9年基準地価である。令和8年分の路線価が適用されるのは、2026年1月1日から12月31日までの間に相続、遺贈または贈与によって取得した財産に限られる(国税庁の財産評価基準書)。今年のうちに相続が起きる家は、来年7月の更新ではなく、今年の1月1日時点の値で評価される。動くのは市場ではなく、まず申告の期限である。