ロックフェラー・センターの6時間
2026年9月15日、クリスティーズのニューヨーク本社(ロックフェラー・センター)で「Hiroshige: Colors of the Four Seasons | The Alan Medaugh Collection」が開かれた。セール番号25167。出品は181点、すべて落札され、落札総額は6,991,616ドル。同社によれば、競りは6時間足らずで終わった。
このうち歌川広重の「亀戸梅屋舗」デラックス版が358,400ドル。クリスティーズはこれをワールドレコードと発表した。低估价の6倍である。
アラン・メドーはアメリカの実業家で、半世紀かけて広重の版画・扇面・肉筆・下絵など600点以上を集めた。今回は3回に分けた売り立ての1回目にあたる。同じセールでは、三枚続き「武陽金沢八勝夜景」が345,600ドル、「大はしあたけの夕立」が332,800ドル、「阿波 鳴門の風波」が281,600ドルで、それぞれ記録を更新したと発表されている。181点のうち163点が高估价を超えた。
同じ図柄が、5年で4.1倍になった
ここからは、当Deskがクリスティーズのロットページ2枚を直接読んで並べた数字である。同じ図柄が、同じハウスの、同じ街の競り場で、5年を挟んでどう動いたか。
| 落札日 | セール | ロット | エスティメート | 落札価格 | 低估价比 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2021年9月21日 | Important Japanese Art(20214) | 194 | 10,000–20,000ドル | 87,500ドル | 8.8倍 |
| 2026年9月15日 | Colors of the Four Seasons(25167) | 5 | 60,000–100,000ドル | 358,400ドル | 6.0倍 |
87,500ドルから358,400ドルへ、4.1倍。エスティメートの下限は10,000ドルから60,000ドルへ、6倍に上がっている。ただし2点は同じ物ではない。2021年の1点はカタログに「デラックス版」と書かれていない。寸法も縦37.1×横25.4センチで、メドー旧蔵の1点(35.6×24.1センチ)よりわずかに大きい。値段の差は、相場が動いたぶんと、物が違うぶんの合計である。
同じセールの上澄みを並べると、値段が「広重」という名前についているわけではないと分かる。
| ロット | 図柄 | エスティメート(ドル) | 落札価格(ドル) | 低估价比 |
|---|---|---|---|---|
| 5 | 亀戸梅屋舗(デラックス版) | 60,000–100,000 | 358,400 | 6.0倍 |
| 45 | 武陽金沢八勝夜景 | 40,000–60,000 | 345,600 | 8.6倍 |
| 16 | 大はしあたけの夕立 | 50,000–100,000 | 332,800 | 6.7倍 |
| 37 | 阿波 鳴門の風波 | 30,000–40,000 | 281,600 | 9.4倍 |
| 13 | 水道橋駿河台 | 10,000–20,000 | 217,600 | 21.8倍 |
槌音に直すと280,000ドル
公表された落札価格は手数料込みである。クリスティーズ自身の売り立て前リリースにも、エスティメートは買い手手数料を含まず、セール総額は槌音プラス手数料だと明記されている。そこでDeskの側で割り戻す。ニューヨークの買い手手数料は2026年9月1日付で、槌音2,000,000ドルまでが28%。このロットは1段目にしか届かないので、358,400 ÷ 1.28 = 280,000ドル、手数料は78,400ドルになる。当Deskの計算だ。
円に直す。Deskの画面のレート(9月21日07:15 HKT、ドル円157.89)で、槌音4,421万円、手数料1,238万円、合計5,659万円。日本の報道が伝えた「約5,500万円」は、358,400ドルをおよそ153.5円で換算した数字にあたる。金額のほうは正しい。動いたのは円で、同じ結果は今のレートでは約160万円高い。
手数料の段そのものの読み方と、落札後の支払いについてはオークションで買う作法で扱っている。
値段を決めたのは、絵ではない
クリスティーズは、版画は複数刷りだから、買い手は最良の1枚に金を払う、と説明する。今回の1点は、同社が「デラックス版」と呼ぶ初期の刷りで、色数が多く、褪せていない。来歴も揃う。アーサー・ウェスリー・ダウの旧蔵品で、1923年3月27〜29日にニューヨークのアメリカン・アート・ギャラリーズで開かれた遺産売り立てのロット827として売られ、1995年にニューヨークのイースト・ウェスト・ギャラリーから取得された。2018年のアムステルダム国立ファン・ゴッホ美術館「Van Gogh & Japan」と、2025年の大英博物館「Hiroshige: artist of the open road」に出ている。
「亀戸梅屋舗」は安政4年(1857年)11月、「名所江戸百景」の1枚として魚屋栄吉から出た。画面いっぱいに梅の古木を置く構図で、ファン・ゴッホは1887年にこれを油で写している。
同じ名前でも、桁は違う。ボナムズ・ニューヨークが2026年3月25日の「Fine Japanese & Korean Art」で出したロット933は、広重の版画12点一括で、落札価格は手数料込み2,816ドル。今のレートで約44万5千円である。12点で44万円と、1点で5,659万円。127倍の開きは、「日本の版画だから高い」のではなく、「どの1枚か」で決まっている。
ワールドレコードの範囲も確かめておく。アートプライスが2026年9月7日付でまとめた数字では、広重の単一版画の最高額はフレディ・マーキュリー旧蔵の「大はしあたけの夕立」で、2023年9月6日のサザビーズ・ロンドンで365,138ドル(手数料込み、低估价37,501ドル)。図柄が違う。今回のセールにも、ボートが2艘写る早い印象の同じ「大はしあたけの夕立」が出て332,800ドルで落ちたが、365,138ドルには届いていない。クリスティーズの「記録」は、図柄ごとの記録である。
東京と、ニューヨーク
国内の水準は別の国である。東京カルチャーオークションの2026年6月〈浮世絵〉は968ロットで落札合計1億319万5千円。1ロット平均は約10万7千円。同じカテゴリで、広重初代の「木曽街道六十九次之内 八幡」が18万円、「東都名所 駿河町之図」が24万円だった。8月の〈浮世絵〉は落札合計1,197万円。24万円と5,659万円では、236倍ある。
アートプライスは9月7日付の記事で、2006〜16年はフランスが広重市場を率い(ロット数で米国の3倍、落札総額で2倍)、2017〜26年は米国がロット数でフランスの2倍をさばく側に回ったと書く。方向だけを取る。19世紀末にフランスに蓄積されたジャポニスムの在庫が、数十年を経て大西洋を渡って戻ってきている、という整理である。
香港の読者にとって
香港は、この市場の第三の場所である。クリスティーズの香港の買い手手数料は槌音HK$1,500万までが28%で、同じ物を香港で買うかニューヨークで買うかで、請求書の通貨も段も変わる。
ただし、今回の結果を「浮世絵が値上がりした」と読むのは早い。これは単一のコレクションから出た、状態と来歴の揃った1点の話である。江戸期の版画は複数刷りで、同じ図柄でも初摺りか後摺りか、色が残っているかで桁が変わる。国内の相場は10万円台、ニューヨークの記録は5,000万円台。どちらにも「広重」と書いてある。買う前に見るのは名前ではなく、版と状態と来歴の3点になる。
売り手側の構造——保証が付いたロットが槌に届かなかったとき、現物が誰のものになり、いくらで帳簿に載るか——は保証ロットが売れ残った日で扱った。
11月に、何が売られるのか
締めは、読み手が日付で追える形にしておく。クリスティーズの2026年11月のカレンダーを同社のページで読むと、日本の美術のセールは1本もない。並ぶのはパリの「Exceptional」と「Maîtres Anciens」、ジュネーブの時計とジュエリー、ロンドンのイスラム・インド美術、パリのロジェ・テロン・コレクション。同社の日本・韓国美術部門は、年に1度、9月のアジアン・アート・ウィークにニューヨークで売る、と自分のページに書いている。
11月に日本の物が出るのはロンドンである。サザビーズの「Asian Art / 5000 Years」(セール番号L26156)が10月30日から11月6日まで、日本を含むアジアの美術を並べる。ボナムズは11月2〜3日、ロンドン・ナイツブリッジで「Asian Art」を開く。
メドーの残り2回の日程は、まだ発表されていない。次の値段はそこで出る。